センター長コラム:人への投資

 近年、研究の分野でも「人への投資」という言葉を耳にするようになった。ただ、その具体的な意味は人によって捉え方が分かれがちである。今回はドイツにおける「人への投資」の理念を中心に考えてみたい。

 ドイツでこの言葉を聞いてまず思い浮かぶのは、フンボルト財団とマックスプランク研究所の理念である。

 フンボルト財団は、研究プロジェクトではなく研究者個人の能力と人格に注目して支援する。財団の支援は研究者の「人」としての成長や国際的ネットワークの構築を重視しており、一度奨学金を受けた研究者は「フンボルト同窓生(Humboldtian)」として、生涯にわたって世界的な学術ネットワークの一員となる。助成は研究者本人だけでなく、パートナーや子どもなど家族への支援も含まれ、研究に集中できる環境が整えられている。さらに、国際会議やドイツの研究機関のイベントへの参加など、他分野の研究者との交流機会も提供される。こうした長期的・包括的な支援は、他の多くの奨学金制度とは異なる特徴である。

 もう一つの柱が「ハルナック原則」に基づくマックスプランク研究所の方針である。これは、「優秀な研究者のために研究所を設立し、その人物が去る際には研究所自体を閉鎖する(※)」というもので、研究者の自由と独立を徹底的に尊重する。所長には安定した研究資金と環境が長期にわたり提供され、短期的成果を求められることがない。そのため、失敗を恐れず革新的な研究に挑戦することが可能となる。

 このように、ドイツでは人材を単なる「研究の担い手」としてではなく、長期的な視点で育て、支える対象と捉えている。日本においても、今後「人への投資」を進めるにあたって、こうした理念は大いに参考になるはずである。

※    現在ではひとつのマックプランク研究所に所長が複数名存在するので、ひとりの所長が去ったからと言って研究所が閉鎖されることはない。しかし、去った所長が率いていた研究グループは廃止される。

センター長 林 正彦