毎年発表されている「学問の自由度指数(Academic Freedom Index)」で、日本は0.6点(0が最低で1が最高)と、179か国中102位の凡庸な結果でした。(https://academic-freedom-index.net/; 世界地図上で各国の指標が簡単に見られます)。日本の指数の内訳を見てみると、対象5項目のうち「機関の自治」の評価が1.74点(0が最低で4が最高)と特に低いです。世界的に見ると、日本は政府(文部科学省)の大学運営への影響が強い部類に属しています(予算の依存は除外して)。また大学側としても(予算は別として)政府に依存しすぎの傾向があります。このようなファクターが、「機関の自治」の低い値に現れているようです。
ちなみにドイツの指数は0.93と高く、11位です。ドイツには「科学技術自由法」があって、研究・教育機関に大きな自由度と創造的な環境を保証しています。学問の発展には「金は出しても口は出さず」の方針が最も効果的であることが、政治家や学者の間では共有されています。他のヨーロッパ諸国の指数も概ね0.8以上。台湾は0.87、韓国は0.83、アメリカは0.69となっています。
「そもそもそんな指標があてになるのか?」と疑問に思うのが普通でしょう。「学問の自由」は簡単に語れるものではありません。したがって、「学問の自由」を定義したり、その度合いを評価したりすることは専門的な研究となります。その結果は査読論文に投稿され、ピアレビューを経て出版され、研究として全世界から評価・批判されます。
「学問の自由度指数」は、エアランゲン大学(Friedrich-Alexander Universität Erlangen-Nürnberg, FAU)の政治学研究所(Institute of Political Science)が毎年発表しています。これは、「民主主義を概念化し測定する」ための研究プロジェクトV-DEM(Varieties of Democracy)の一環であり(https://www.v-dem.net/)、ヨーテボリ大学を中心に、日本を含めた多くの国の研究者が参画しています。
V-DEM、あるいはその一部としての学問の自由の研究は、世界的に見てユニークな試みで、他に類似の例はほとんどないようです。関連論文のなかでは「(この研究は)世界の学問の自由を初めて徹底的に評価したものであり、(中略)過去に類似の研究はいくつか存在するが、それらは地理的・時間的に限定されており、学問の自由の度合いを、時空を超えて包括的に示すには不十分だった」と述べられています。
そもそも世界的に合意された「学問の自由」の定義はあるのでしょうか?
この問いに対しては、国連の「経済的・社会的・文化的権利委員会(CESCR)」が、1966年の「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」の第15条第3項をもとに、2020年4月に以下のように定義しているとのことです。
「研究者は、独立に下した判断に対して不当な影響から保護されているか。研究者は自律的な研究機関を設立し、研究の目的・目標や、取るべき手法を定めることができるか。研究者には、特定のプロジェクトの倫理的価値を自由に公然と問う自由と、良心にしたがってそのようなプロジェクトから撤退する権利があるか。研究者が国内外の他の研究者と協力する自由はあるか。科学的データとその解析結果を、政策立案者や、また可能な限り一般の人々と共有しているか。」
研究グループでは、この定義を規範とし、これまでに出版された論文や、国際的な政策立案者、学者、高等教育分野の擁護者との議論に基づき、学問の自由を実質的に実現するために不可欠な要素として、以下の4項目を定めています。
① 研究と教育の自由
② 学術交流と成果公表の自由
③ 機関の自治
④ キャンパスの品位
また、これらの要素だけでは捉えきれないと思われる側面は、
⑤ 学術的・文化的表現の自由
で代用しています。この5番目の要素はV-DEMプロジェクト全体のデータセットには含まれていますが、「表現の自由」は「学問の自由」とは異なっています。この調査では、それに留意したうえで、その他の要素を代表するものとして、この項目で代用することにしたようです。
実際の調査は179か国を対象に2329人の研究者が実施しています。上述の5項目について、対象国ごとに専門的知識をもつ数人の研究者が評価を行って数値化するわけです。評価者ごとのバイアスを無くすため、評価者にはあらかじめ仮想的な質問を出して点数をつけてもらい、そのデータ(モデル)を用いて較正し、最終的な指数を出しています(ベイズ推定)。この手法の詳細を記した論文や、品質評価を行った論文も査読論文として出版されています。最終的に導出された指数(0と1の間の値)に対して、信頼度95%の推定区間は±0.1程度となっています。この手法で行う限り、評価者が替わっても導出された指数はそれくらいの範囲に入るものと言えましょう。
なお、「学問の自由度指数」が高い国が大きな研究成果を挙げているかと問えば、必ずしもそうなってはいません。研究成果は、むしろ各国が拠出している学術予算との相関が大きいと感じます。
面白かったのは、学問の自由度指数が最も悪い国(0.2未満)の75%以上が、学問の自由に関する憲法上の保護を導入しているという事実です。
センター長 林 正彦